小説 | ナノ


▼ 杏樹様

それから数日、心ここに在らずと言った生活を続けているが飛雄くんは特に変わった様子もない。相変わらず何か悩んでいるようには見えるけど、あの日のようなあからさまなことはなかった。子供達に心配をかけるわけにもいかないので、子供達が幼稚園に行ってる間に一人で部屋にいるとスイッチが切れたように不安になって涙が出てしまうようになっていた。あ、これよくないやつだ。

精神的にかなり参ってることが自分でも分かってはいたが、何をどうしていいかわからない。飛雄くんに直接なんて聞けるわけないし、もし、もしものことがあったらわたしは自分が何をしてしまうかわからなくて怖かった。男の人が浮気をしてしまうのは、仕方ないと言い切れる人もいるし実際したことのある人だってたくさんいる。でも、まさか、という気持ちが拭えなかった。宅配を頼んでるわけでもないのにインターホンが鳴り、覗いてみると先日の女の人が立っている。何度も何度も鳴らされるインターホンに頭がおかしくなりそうだった。子供達のお迎えに行かなきゃならないのに、これじゃ家から出られないし危なくて連れて帰れない。

どうしよう、と慌てているとタイミング良く日向くんから電話が入る。

「名前さん!さっき影山から電話あったんすけど、今日このまま飛空と飛茉研磨んち連れて帰っていいですか?」
「ひ、なたくん」

突然の日向くんの電話に安堵して、その場で座り込んでしまう。ひとまず子供達が安全なところへ移動してもらえるとわかって力が抜けてしまった。

「おーい!名前さん?」
「あ、ごめんね?大丈夫。申し訳ないけどお願いしていいかな?」
「了解です!じゃあまた後で連絡します!」

日向くんと電話をしてる間にインターホンを鳴らしていた女の人は諦めたのか、もう鳴らなくなっていた。家の中を何度も何度もうろうろして、気持ちを紛らわせるためにずっと手を動かして家事をしていた。気がつけば日もすっかり暮れ、飛雄くんが帰ってきたのか玄関の音が聞こえる。

パタパタと走り、玄関に向かうがドアノブがガチャガチャされるだけで全く鍵が開く様子はない。もしかして、とサッと引く血の気にめまいで足元がふらつく。恐怖のあまりその場でぺたりと座り込んでしまうともう限界で、涙が止まらなかった。

(怖い、飛雄くん、助けて)

ドアノブの音も止み、わたしの泣き声だけが玄関に響いていてもう相手は玄関先に居ないとわかっているけど動けかなかった。その場でしばらく涙を流して放心していると、再びドアノブが回され全身が緊張で硬直する。固まる体に鞭を打ち、立ち上がってドアのチェーンをロックしたかったが鍵が開いてしまう。ガチャ、と音を立てて扉が開いた瞬間倒れてしまいそうになるが飛雄くんが入ってきて心の底からほっとする。

「名前さん?!」

飛雄くんは驚いて玄関でしゃがみ込んで泣いてるわたしを抱きあげ力一杯抱きしめてくれる。事情を説明したかったし、話を聞いてほしい気持ちでいっぱいだったけど、まずは飛雄くんが無事に帰ってこれて安心した。安心した途端また涙が溢れてきて子供のように泣きじゃくる。飛雄くんは何度もわたしを安心させるようにおでこや頬、唇や首筋にキスをしてくれるが一向に涙は止まらない。

ひっく、ひっくと泣きじゃくり抱きしめてくれている飛雄くんが本当に愛おしくて、絶対に手放せない。例え、飛雄くんが浮気をしていても誰にも渡したくない。そんな気持ちでつい、心の内をストレートに吐き出してしまった。

「、す、捨てないで」
「あ?何言って、」
「飛雄くんが、好きなの、だめなのっ」
「名前さん...?」
「と、びっおくんが、っわたしに飽きても、っそれでも、何でもするから、っく」

わたしのこと、捨てないで。と言う言葉は飛雄くんに全て奪われソファに押し倒されて激しくキスをされる。どうして?何で飛雄くんがこんなに怒ってるの?誰に、怒ってるの?そんな疑問で頭がいっぱいでただ飛雄くんの怒りをわたしは受け止めるのに必死だった。

子供を抱くように飛雄くんはぎゅう、とわたしを包み込んで離さない。わたしも泣き過ぎて上手く言葉が出ず、わたしの嗚咽する声だけが部屋に響いていた。

「名前さん、ごめん」
「っ、」
「ほんとに悪ぃと思ってる」

謝られる、ということはやっぱり飛雄くんは?また悲しくなってきて飛雄くんの顔が見れない。抱き抱えられたまま飛雄くんの顔が見れず胸に顔を埋める。飛雄くんはわたしのことを片腕で抱きながら、どこかへ電話をかけ始めた。

「ちょっともう、さすがに限界ですし聞いてた話と全然違うんで今回の件は無かったことにさせてください。あとは会社通してもらって。いや、困るとかそんなん俺は知らねぇし、実際名前さん泣いてるんでもう俺はこれ以上出来ません。仕事ってこともわかってますけど、俺にとっては名前さんより大切なものははいんで。もうアンタらと仕事しなくていいし、俺別にバレー以外はどうでもいいんで」

電話口の相手はまだ何か大声で話してるようだったが、飛雄くんが強制的に電話を切っていた。仕事?どういうこと?と目線を飛雄くんに移すと「大丈夫」と優しい声で言われなぜか、それだけでわたしはひどく安心した。

「井上さん?ああ、今例の仕事中だったんすけど予定と全然話違うし、名前さん泣いてるしもう俺は無理なんで。あと任せていいすか?なんか違約金?とかゴタゴタ言ってたんで、後で俺に直接請求してください。ハイ、いやいいっすよ。てか何井上さんもキレてんすか。え?俺が仕事相手見誤ったって?いやまあ、それはそうすけど。正直俺も井上さんの知り合いだから安心してたっていうか。いや、名前さんちょっとやばそうで、ハイ。いやそんな謝らないでください、とりあえず今から名前さんと話すんで。いや、来なくていいです。本当に、大丈夫。俺が説明するんで、はい、ハイ。それじゃ」

電話を切った飛雄くんがわたしを抱き上げて寝室へと運ばれる。事情が全くわからず、急に出てきた井上さんや仕事という言葉に困惑が隠せない。

「ど、ゆこと...?」

電話を切ってからも話し出す雰囲気でない飛雄くんに問いかけると、飛雄くんはキスを続けてきて話出そうとしない。

「説明して」
「怒るから嫌」
「説明、して」
「...仕事で、ドッキリの依頼が来て受けた」
「何の?」
「.......旦那に浮気の疑惑があったら、嫁はどう行動するか」
「それで?」

どんどん自分の気持ちが落ち着いてくるのがわかり、飛雄くんに尋問する余裕すらあった。さっきまであんなに泣いていたのに、もう涙は枯れていて今度は飛雄くんに対して怒りすらある。

「何で?その仕事、受けたの?そういうのは受けないって言ってたよね?」
「...」
「何?」
「怒るから、言わねぇ」
「もう怒ってるから言って」
「.......」
「飛雄くん?」

キスをしようとしてくる飛雄くんを止め、名前を呼ぶ。飛雄くんは諦めたのか後ろからわたしを抱きしめてぽつりぽつりと話し出した。多分、後ろから抱きしめているのは怒ってるわたしの顔を直視できないからだろう。

「結婚して、子供産んだら、その」
「何?」
「セックスレスになるって聞いた」
「うちは違うよね?」
「...名前さんが、その、俺のこと今でも男として好きなのか、気になって」
「バカなの?」
「悪ぃ...」
「本当に怒った」

飛雄くんが後ろからぎゅうぎゅう抱きしめてきて、「ごめん」と何度も謝ってくる。正直、そこまで怒ってはいなかったけどわたしの飛雄くんへの愛が伝わっていなかったことに怒りを覚える。
 
「飛雄くんは、わたしが飛雄くんのこと男としてもう見てないって思ってたんだ」
「ち、ちげぇ」
「じゃあもうセックスしなくていいよね?そう思ってたんだもんね?」
「それは無理」
「わたしが!どう思うか、考えなかったの?」
「...本当に、ごめん」
「わたしが落ち込んでる時、飛空と飛茉の気持ち、考えた?」
「ごめん、本当に悪ぃと思ってる」
「ずっとママ大丈夫?って心配してたんだよ」
「...」

本当に悪いと思ってるのか、飛雄くんはそのまま黙ってしまう。無言の寝室、居心地が悪くもうわたしが折れるしかないな、と体の向きをぐるっと変えて可愛い愛しい飛雄くんの頭をすっぽり抱きしめて覆った。

「もう、浮気しないって約束して」
「浮気は、してねぇ」
「あ、そうだった。ふふ」
「傷付けて、悲しい思いさせて悪ぃ」

あまりにも落ち込んでる声に可哀想になり、つむじにそっとキスをする。すると、飛雄くんがそのまま苦しいくらい抱きしめてくる。頭を上げた飛雄くんと目が合うと、飛雄くんの目は真っ赤になっていて涙を拭ってあげる。

「なんで飛雄くんが泣くの〜!」
「名前さんが、落ち込んでるのずっとわかってて、でも、俺」
「それはもういいの。仕事だったんだし、仕方ないよ」
「、っごめん」
「も〜!飛雄くんが泣いたら、怒れないでしょ〜」

笑いながら飛雄くんの頭をぐしゃぐしゃに撫でて、たくさんキスをする。

「...いっぱい泣かされたお詫びに、忘れるくらいめちゃくちゃにして?」
「名前、...!」

いっきにスイッチが入ったのか、さっきとはまるで別人のように男の顔をした飛雄くんがいる。飛雄くんは何を不安に思ってるのか知らないけど、わたしが飛雄くんに男を感じない時なんてないし、今でも触れられるだけでこんなにドキドキするのに。今からそれをこれでもか、ってくらい飛雄くんに伝えようと思います。



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